kentatansansuiのブログ

このブログでは、いろんなことをもっと根本の所からみてもらおうという思いの元書いております。普段あまり哲学的なことを考える機会がすくないのではないでしょうか。哲学というのは日常生活にあふれており普段からなじみのあるものです。一緒に哲学を考えてみませんか。日常の疑問についても書いていきたいと思っています。

楽しみ方

 


こんばんは、炭酸水ケンタです。学校が始まり、また通学生活が始まりました。今年こそは何かやりたいなとか思うのは、みな共通の思考だと思います。けれど、それを実際にやってみるとなると、それなりの努力が必要になってきます。


大学生になって感じるのは、勉強が今まで以上にだるくなってくるということ。僕自身生まれてこのかた勉強はあまり好きではないです。
日本史の教科書を目の前に置かれた時なんてため息が、まるで植物が光合成をして酸素を出すように、少しずつけれども途切れずに出てきます。


そんなことを考えながら、学校に着きます。
そして学校に着くと最初に目につくのは、4月初めの新歓の光景。皆はどう思うのかわからないですが、僕はこれを見るとまるで箱の中に入れられてはいないけど、満員の電車に飛び込んで行くような気分になります。それをかわしながら抜けて行くとまだ続く人集り。
本当に、オーマイガーです。抜けて行くと友達が新歓のブースを出していました。そこに一緒座って感じたことがあります。新歓ってなんて面白いんだろうかと。なぜ面白いのか?
人の心理学的に自分と一緒の雰囲気を持った人や自分の憧れる大学生像を持った人たちに寄っていく人が多くいます。少なくとも僕はマイノリティー側です。言い方が悪いので、言い直すとどちらかというとみんなでワイワイするのが苦手なので、少数で一緒に楽しむ側の人間です。なので、人を自分たちのブースに招き入れること自体が難しくなる。ここで、発揮するのが、プレゼン能力ではないでしょうか?
一年生に対して、短時間でプレゼンのようなことをして、自分のブースで話を聞いてもらった時の快感といったら本当にたまりません。これこそ、新歓の楽しみ方ではないでしょうか。
今回は新歓を一例に出しましたが、他にも色々あると思います。例えばアルバイト。アルバイトは、本来楽なものというイメージがありますが、しんどくしようとしたらいくらでもできる。考えることによって。


こんな感じで、僕のようにバイトしかやったことない人間にはこんな感じでバイトを楽しんだり新歓を楽しんだりできるのではないかと思いました。


今日は久しぶりではありますが、生活の中で思ったことを書きました。