kentatansansuiのブログ

このブログでは、いろんなことをもっと根本の所からみてもらおうという思いの元書いております。普段あまり哲学的なことを考える機会がすくないのではないでしょうか。哲学というのは日常生活にあふれており普段からなじみのあるものです。一緒に哲学を考えてみませんか。日常の疑問についても書いていきたいと思っています。

質を求める上で

こんにちは、炭酸水ケンタです。今日は電車の中でブログを書いています。学校が始まって家帰ってから書くのが体力的に辛くなってきたので、電車で書くことにしました。多分、書ききれずに授業中にも書くときもあるかもしれないですね。
大学生の皆さん僕のように携帯ばかり触らずにきちんと真面目に授業は受けましょう。授業料高いですからね。


去年の冬くらいにブログを始めたわけですが、なかなか続けるのが難しい。一度止めてしまうと、書くのが億劫になります。けれど、また始めると更新したくなるこの頃です。というわけで、また頻繁にブログを更新していきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。


雑談が少々長くなりましたが、今日の本題に移りましょう。
今日は、質についてです。


説明はいらないと思いますが、質というのは、一言で言えばモノの価値みたいなもの。例えば、手の込んで作ったものは質も高くなり、それに応じて価値も上がっていく。(商品によるとは思いますが)


大学生になり、バイトを始めるようになると勿論のことながら、お金が自分の懐に入ってきます。そして高校生の時に比べると金銭的感覚が変わり始め、付加価値の高いものを買い始めます。と言っても、学校の授業もあるということで社会人のようにバリバリ稼ぐことはできません。けれども、ある程度はあります。その中で考えるようになるのは、今までは、懐に優しいファミリーレストランやファーストフードを食べていたのが、イタリアンレストランはたまたプチ高級レストランにランクが上がったします。他にも、今までは割と安い服を買っていたのが、少しブランド物に手を出して見ようかなという感じで少しブランド思考が芽生え始める。そういった変遷の中で、考え決めなければならないのがこれは本当に良いものなのか、つまり質の高い物なのかということです。


普段僕自身も質というよりは、値段の方に注目をして買っているのですが、やはり安いとその対価に見合った価値しか持たないというのが、最近わかってきました。けれど、色んな物に溢れコモディティ化されていっている世の中でどうやってそれを見極め、買えばいいのでしょうか。これは消費者にとって永遠の課題かもしれませんが、解決方法は有ると思います。


僕が考える解決方法なのですが、情報収集と比較です。シャーロックホームズの時も書いたのですが、ある程度の知識を完全に使える状態を頭の中に入れておき、それを使って多方面から考える。質の良いものを見極めるのもこれに限るのではないでしょうか?
またそれかと言われれば、それまでなのですが、全てはそこに終着点があるように感じます。


是非みなさんも試してはいかがでしょうか?
これをすることによって、商品に対するものだけではなく、もっと広く役に立つと思います。
少し説得力に欠けますがこれで終わりたいと思います。


読んでくださってありがとうございました。

楽しみ方

 


こんばんは、炭酸水ケンタです。学校が始まり、また通学生活が始まりました。今年こそは何かやりたいなとか思うのは、みな共通の思考だと思います。けれど、それを実際にやってみるとなると、それなりの努力が必要になってきます。


大学生になって感じるのは、勉強が今まで以上にだるくなってくるということ。僕自身生まれてこのかた勉強はあまり好きではないです。
日本史の教科書を目の前に置かれた時なんてため息が、まるで植物が光合成をして酸素を出すように、少しずつけれども途切れずに出てきます。


そんなことを考えながら、学校に着きます。
そして学校に着くと最初に目につくのは、4月初めの新歓の光景。皆はどう思うのかわからないですが、僕はこれを見るとまるで箱の中に入れられてはいないけど、満員の電車に飛び込んで行くような気分になります。それをかわしながら抜けて行くとまだ続く人集り。
本当に、オーマイガーです。抜けて行くと友達が新歓のブースを出していました。そこに一緒座って感じたことがあります。新歓ってなんて面白いんだろうかと。なぜ面白いのか?
人の心理学的に自分と一緒の雰囲気を持った人や自分の憧れる大学生像を持った人たちに寄っていく人が多くいます。少なくとも僕はマイノリティー側です。言い方が悪いので、言い直すとどちらかというとみんなでワイワイするのが苦手なので、少数で一緒に楽しむ側の人間です。なので、人を自分たちのブースに招き入れること自体が難しくなる。ここで、発揮するのが、プレゼン能力ではないでしょうか?
一年生に対して、短時間でプレゼンのようなことをして、自分のブースで話を聞いてもらった時の快感といったら本当にたまりません。これこそ、新歓の楽しみ方ではないでしょうか。
今回は新歓を一例に出しましたが、他にも色々あると思います。例えばアルバイト。アルバイトは、本来楽なものというイメージがありますが、しんどくしようとしたらいくらでもできる。考えることによって。


こんな感じで、僕のようにバイトしかやったことない人間にはこんな感じでバイトを楽しんだり新歓を楽しんだりできるのではないかと思いました。


今日は久しぶりではありますが、生活の中で思ったことを書きました。

シャーロックホームズから学ぶ知識の必要性

こんにちは、炭酸水ケンタです。
 
最近また小説を読み初めまして、何を読んでいるのかと言いますと、シャーロックホームズです。名探偵コナンを見たことがある人ならば知っている、あの天才コナン君が尊敬してやまない探偵です。
 
コナン君もいつかはあんな風になっていき、そしてありとあらゆる事件を解決してくれるのでしょう。現実でもそういう人っているのかな。まだそんな人を見たことがありません。と言っても人脈とか全然ないから仕方ない部分もあります。
これから、コナン君みたいに見抜けるようになりたいです。
 
 
そんなどうでもよいことは、置いといて、今日紹介するのはシャーロックホームズから学ぶ知識の必要性についてです。
 
 
シャーロックホームズは物語の中でどんな事件についても解決しています。本人曰く、二、三回失敗しているらしいのですが、それくらいの失敗は許容範囲内です。彼は一体どうやって事件に潜んでいる問題を解決するのでしょうか。
それは、彼の知識です。彼の知識量と言ったら本当にすごいです。服の事や帽子の知識や心理学、そして薬に関しての知識、事件に関係するであろう知識をほとんどといってもいいくらい頭の中に入っています。
けれど、彼自身言うのが、事件にかかわる知識を重点的に集めることによって、彼の今の推理ができています。
もし僕たちが、シャーロックホームズのように、表面だけでは見えないようなことを見ようと思っても絶対に見えません。もちろんその周辺について明るい人ならば
見えるかもしれません。けれど、普通は見えません。まず、周りで僕・私探偵目指しています、とか言った人はほとんどいないはずですから。
 
 
彼の事件に対する洞察からわかることは、まず第一に僕らは学び続ける意味があるということ。もし、高校受験とかであまり勉強してこなかった人や部活などで勉強をする時間がなかった人たちにも勉強してほしいと思います。ただやみくもに勉強すればいいというわけではないのですが、普段からの小さな積み重ねがモノを言うと思っています。そうすれば、今まで見えなかったものがとてもクリアに見えるようになり自分の行動の範囲がすごく広がるような気がします。
 
 
また上記の二つから言えることとしては、やっぱり学歴社会はどの時代になっても変わらないということです。昔の学歴社会と多少の異なりはあると思いますが、それでも今後も学歴社会というのは続くとと思います。さらにこれにより、今まで以上に競争社会に陥っていき、かなり大変な世の中になっていくような気がして仕方ないです。
 
 
けれど、様々な出来事が起こる中で自分がどう生きるかということは自分にかかっています。なので、僕自身偉そうなことを言えませんが、わからないこと見えないことは自分でその都度補ってゆき
進んでいけばいいのではないかと思います。シャーロックホームズのように・・・。
 
 
最後は、少しばかり話が飛んじゃいましたが、今日はこれで終わります。読んでくださってありがとうございました。

ブログを続けるにあたっての決意表明

こんにちは、炭酸水ケンタです。最近ブログをずっと書いていて思うのが、ブログを書くことに対して意味があるのかどうかということ。まずブログを始めたきっかけとしてあるのが、文章を書くことに対する抵抗をなくすとともに、文章が上手くなりたかったからです。上達には時間がかかるのは自明のことでそんなに焦ってはいないのですが、一つブログを書くと気になることがあります。
 
 
それはどれだけの人が僕のブログを読んでくれているのかについてです。
やっぱり僕も人間なので自分の書いた文章を読んでほしいという欲があります。
 
 
けれど、読者を増やすってなかなか難しいことです。なぜなら、もし一度読まなかったとしても、別に損をすることなんてないからです。
もし読まなかったとしても、特にいつもと変わらない生活を送ることができる。
もしお金を稼ぐために文章を書くのであれば、それを仕事にして稼ぐことを目標に何か自分で行動すればよいということになります。
 
 
なので今回は割り切って、そういう何人読んでくださったことや文章が下手うまいではなく、自分の思ったことを伝えるがためにブログを書きたいと思います。
 
今までもそうやったんじゃないの?とか思われた方もいるかもしれませんが、そういう割り切りって結構僕の中ですごく難しかったのでできていませんでした。
 
けれどこのブログを気にこれからは何も気にせずにひたすら書いていくことにします。なにも気にせずにというのは少し語弊があるかもしれませんが、
 
 
とりあえず言いたいことは、これからも続けて書くということです。
 
 
今回のブログは決意表明として書きました。
 
これからも精進して書いていきますのでよろしくお願いいたします。
 
 
【決意】これからは口だけではなく自分の行動で示していきたいです。
   ブログをやっているとどうしても口だけになってしまいがちになります。
(僕の場合は)

法律のない世界で人間はいかに生きていくのか

 
 
こんばんわ、今日は友達が起業したのでプレゼンを聞いてきたのですが、自分の思考の深さというか情報収集などが不足しているなとか言ったことを感じさせられました。
情報に関する感度がまだまだなのでこれからも頑張っていきたいと思います。受験時代は、大学や参考書オタクにだったのでそんな感じで、会社についても調べられたらなとか思います。そんなに簡単じゃないし(後で絶対苦戦しているのがほかの人からは見え見えかな)という声が聞こえてきます。
 
 
今日のブログは、自分が普段見ているネットフリックスでのドラマについて紹介したいと思います。ただそのドラマについて紹介するだけでは内容としては少しものたりないのでもうちょっと踏み込んだところまで行きたいと思います。
 
 
僕が最近見ているドラマと言うのは THE 100 というドラマです。
 
 
どういうドラマかと言いますと、短く言うと地球での生活についてのドラマです。
舞台は未来です。地球は核戦争によって、住めない環境、アンハビタブルな環境になってしまい人々は、宇宙に住んでいました。核による環境汚染を解消するためのかかる年月というのは、およそ百年と言われています。ですので、その間宇宙で暮らしており、100年が過ぎたころにその宇宙の自分達の住んでいる中で犯罪を犯した若者を地球に送り、地球が本当に住める環境化にあるのかについてに調査しに行くといったところから物語はスタートします。
 
そこで、様々なことが起こるのですが、言ってしまうと面白くないのでここでは割愛します。
 
今回僕がそのドラマを見て思ったのが、法律のない場所でいったい人間はどうやって暮らしていくのであろうかとということです。
 
そこで今回のブログでは、人間は法律のない場所でいったいどのようにして生活をしていくのかということについて書きたいと思います。
 
 
ドラマの中では、地球にたどり着いた若者たちが、自分たちの生活をし始めます。けれど、そこには様々な性格を持つ人たちがいる。もちろん、頭が切れる人、モノを作るのが得意な人、また頭があまりよくない人だっています。ずっと宇宙の狭い空間に住んでいたので不満だってあります。それが、地球に着いた瞬間から解放されます。なので、本当の意味での自由が待ち受けているということになります。
 
そこで始まるのが権力闘争。最初は頭の良い人たちが権利を握ろうとして、リーダーシップを図ります。政治の場面がよくわかりやすい例になりますが、全員が全員その権力者が考えることに対して満足するわけではありません。
 
となると、また新たなリーダーシップを図ろうとする人が出てくる。この構図どこかで見たような感じがしますが、次に出てくるのは、物理的に力の強い人達が出てきます。そしてその人を中心に物事が進められていきます。
 
これを私たちに置き換えていきましょう。今、火星に住めるのではないかといろいろプロジェクトが動いていますが、仮に私たち人類が火星に行けたとしましょう。そして、上記と同じように様々な人たちと共に実験的に暮らすことになったとします。
 
すると、自分たちで法律を作り始め、暮らし始めます。法律というのは、日本国憲法のように条文の状態ではないので、全員が守るわけではありません。するとどうなるでしょうか。上に書いたことと一緒で物理的に強い人たちが暴力によって権力を握り始めます。
 
すると、結果どうなっていくでしょうか。答えは、混乱した世界になり、人間の欲望という欲望が丸出しになっていく状態になってしまう、まさにカオス。もしかするとそこから、いわゆるインテリの人たちが戻していくのかもしれませんが、簡単に変えることはできません。ということは、その間に生活に必要なものがだんだんとなくなっていき結果的に全滅ということになってしまうのかもしれません。
 
こうなってしまうと、もうどうにもなりません。あとは滅びていくだけでしょうか。
 
僕にはこれをどうやって解決していけばいいのかについての答えはまだありませんが、あなたはどうでしょうか。もしあれば教えてください。
 
そこで今回は初の試みとして、考えること(自分にとっての課題)を最後に書いて終わりにしたいと思います。
 
お題はこうします。あなたは法律のない世界をどうやって一から作っていきますか?
 
今回初めてこのようなことを始めたのですが、読者の皆様もよろしければ一緒に考えていただけるととてもうれしく思います。
 
これで今日は終わりにします。読んでくださってありがとうございました。

頭に入る本の読み方

 

kentatansansui.hatenadiary.com

 

こんばんわ、炭酸水ケンタです。今日は遅い時間のブログ更新となります。
なぜかというと、最近日本史の勉強をし始めまして、なかなかページ数が多くてしんどいから遅れました。実際はバイトをしていたからです。今日も日本史の勉強少ししかしていません。
やる気あんのかっていう感じなんですが、やる気だけはいつもあります。だけですよ、
だけ、、、、。
 
今日は日本史について書きたいところなんですが、まだ知識が定着しておらんので、ほかの事書きます。若干上で日本史の話をしておいての、全然違うことを話す。
 
 
こんな雑談はさておき、今日の話題といきましょう。
 
先日というか、さっき面白い記事を読みました。読書についてです。読書お好きでしょうか。
僕の経験上、八割の人が読書を嫌うというかしない傾向にあるような感じがします。
何故でしょうか?テクノロジーが進化したから?そうじゃないと思います。テクノロジーが進歩してもなお本を読む人はいつも読みます。人間の集中力が低下したから?いや、集中力が低下しても、本は読めます。僕読めてます。集中力は本当に人一倍ないですが、本を継続して読むことができます。
 
じゃあ何が原因なのかと言われると、少し困りますが、僕の考えはこうです。
 
第一に、本というのは、めちゃくちゃ難しいイメージがあるから、読んでも理解できないと思っている+ページ数がやたら多い。
二つ目に、時代に合わないと思っている。今の時代先ほどスマホは原因ではないと言いましたが、直接的な原因ではなく間接的に影響を及ぼしているのかなと思います。
言いたいことは、スマホによって、もっと言えば、検索エンジンのおかげで、ほとんどあらゆる情報がすぐに手に入れることができます。つまり、スピード感が求められる時代になってきた。ということは、時間が莫大にかかる本を読むという作業、作業というと義務感が強いので、本を深く読む行為自体が時代遅れになりつつあるというのが最近感じることです。
 
昔から、わかりやすい本というのは重宝されるが、その傾向がさらに強くなっている気がするこのころ。いかにわかりやすく読者に伝えるかというのが、肝になってきている気がします。肝心の内容は・・・ていう感じですけどそこは本人の努力に任せるという感じですね。
 
話を戻すと、面白い記事の内容というのは、本をどう読むかということです。
 
本と言われると、最初から最後まで読んでこそ元が取れる、または意義があるなどを思う人がほとんどではないでしょうか。それをやめてしまいましょうというのが、今回の内容です。なぜかというと、本のすべては頭に入れることができないからです。せいぜい入っても一割、もしくは二割程度くらい。それじゃあ、その二割を長くずっと記憶に残しておくということです。そのためには全部読む必要がなく、自分の気に入ったところだけを読みそれをまとめておくことです。
 
今思うとそういった本の読み方もありだな、いいなと思ったのでブログに書きました。
 
締りが悪いですがここで終わります。
読んでくださってありがとうございました。
 
過去の本に関するブログも上にあります。参照程度に

文学部に入るまでの経緯と入学後の事

こんにちは、炭酸水ケンタです。
 
今日は、僕がなぜ今の学部に入ろうと思ったのかについて書きたいと思います。それと共に、入ってからのギャップみたいなものはあったのかについてもかいていきます。
 
僕は文学部のいわゆる英米学科に所属しております。まず覚えてほしいのは僕は全く文学部に入ろうなんて思っていませんでした。まさか自分が文学部にいるとは今でも驚きです。
というのは、前のブログにも書いたのですが、僕は大の本嫌いです。中高とかになったら国語のテストとか増えてくると思うのですが、本当に嫌いすぎて毎回悪い点をたたき出しては、それでも文系かと言われるくらいでした。本を読むくらいなら、外で友達と遊戯王したりモンスターハンターしたり鬼ごっこしたりして遊びたいという子供でした。その結果感じなんか小学生レベルで止まっていました。なんていう大学生なんでしょう、っていうところだと思いました。
そんなこんなで最初は理系に行って物理を勉強したいとか思っていました。当時僕が高校生の頃、福山雅治主演のガリレオが流行っていたこともあり物理って素晴らしいなとか思っていました。
けれど、ある大学の物理学科のオープンキャンパスに行った時に衝撃を受けてやめてしまいました。こんなに優しいような学問ではないと。そういうこともあり、文系になりました。
 
けれど、文系だけどどこの学部に入ろうと考えた時にたまたま言っていた塾の先生の英語がすごく面白くて英語を勉強しようと思って外国語学部を目指そうと思っていました。また、その頃に話したチューターさんが外国語学部で言語学について勉強していたこともあり、話を聞いているうちに面白いと感じ、外国語学部を目指していました。
 
それに向けて勉強していたのですが、あっけなく落ちてしまったので、今自分が通っている大学の文学部に入るという経緯です。
 
文学部を選んだのは英語が勉強できるからというだけの理由です。別にほかの授業なんか気にしたこともありませんでした。
 
こういう経緯で入った文学部なのですが、僕の思っていたイメージとはちょっと違いました。文学部英米学科では僕の大学が少し違うのかもしれませんが、すごい英語の勉強がとても多いです。つまり外国語に関しての授業です。例えば、英作文の授業だったり、オーラルの授業であったり、読解のための授業などです。もっと文学部というと、おそらく一般的なイメージからすると、シェイクスピアなどの代表作を主に勉強していくというのかと思いきや英語の授業が先行していました。それは一年生だったので仕方ないのですが、入学して英語の授業ばかりを受けていてとても飽き飽きしたのを覚えています。
 
けれど、二年生になるとそれは少しずつ変わってきました。段々と専門性が高まっていき、英語学やアメリカ文学やイギリス文学についてべんきょうすることになりました。
英語学は、高校の時の英語の勉強を実際に言語化したり、実際に理論化したらそういうことなのかといった感じでした。なので基礎の所は割とスムーズに乗り越えることができたと思います。けれど、あとで痛い目を見ました。何事もなめてかからずに一生懸命に勉強しないといけませんね。
それから文学について。僕は最初は文学について全く興味がなかったのでどうにでもなれーっていう感じで勉強していました。アメリカ文学とか勉強する意味とか思っていました。
けれど、それは徐々に変わってきました。文学というのはとても抽象的でその人がどんな時代にどういう思いというか気持ちで書いていたのかを、背景と共に勉強することができます。これというのは、哲学の勉強の延長線であり、世界史の延長線でもあるといった感じでとても奥が深い学問となっております。まだ学部生の段階であり最近本を読み始めたということもあり全く理解していないのですが、こういう学問であるということを覚えていただければ幸いです。
 
 
文学部では主にこういったことを勉強します。なのでもし文学に興味があるとか英語が大好きな人にはもちろんおすすめなのですが、普段からあれこれ考えるのが大好きとかいった方にもとてもおすすめです。文学を学ぶことは、時に人生において助言を与えてくれることもあります。過去の著者がどういった生き方をしていたのかを学ぶことができます。
 
なのでとてもおすすめします。この頃では、文学部を廃止して、理系学部をもっと応援していこうといった傾向がありますが、文学部は文学部なりに学ぶことが本当にたくさんあります。実際に実践的なところに関わっていくのかと言われれば、怪しいですが考える思考能力は本当に役に立つと思います。スペースX社のCEOであるイーロン・マスクも哲学をはじめとするいろんな学問を勉強しています。必ずや役に立つ時が来ます。
 
 
 
この辺で今日は終わります。ありがとうございました